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職人ことわざ事典
職人は手でロマンをつくる手の重要さは職人すべてに共通することからこのことわざが生まれた。建具職人では「指先でロマンをつくる」ともいう。職人の仕事は指そして手をよく使うということである。
職人は馬鹿でできず、利口でできず、中途半端でなおできず。利口すぎるとずるくなるので職人には向かない。言っても聞かない者も職人には向かない。我慢強さがなければ中途半端で弟子として続かない。反対に並の人間なら誰でも職人になれるということである。
大仕事より小仕事職人の仕事ぶりを示すことば。大がかりな仕事や手広い仕事より、小さな仕事をていねいに仕上げることが職人でも名人のやることだということ。転じて、大ぶろしきを広げるな、職人は仕事を真面目にすることが大切で、自慢することではない。小さな仕事でも、こつこつ励むことだ。仕事とは、自分のつくったものを依頼者が末代まで自慢して使ってくれることなんだ、ということを説くことば。
しのぎを削る刀の峰の部分を漢字で鎬と書いて「しのぎ」という。金が高くなっているところという意味の文字である。この部分が戦いの時はげしく当たり合う。競争が激しい時に使われることば。切磋琢磨する人のことをいう。職人が技を競い合う時のことば。
手が勝手に動く仕事場に入ると専門家は余程のことがないかぎり、手、目、指、身が、考えなくても自動的に動くようになる。このようになった職人は極意を得た職人といえる。すべての職人に通じることばである。
石屋は豆腐の皮をむいて食べる江戸時代の石工(いしく)職人に対することばである。俗に石屋と呼ばれる石を扱う職人は大切にされた。仕事も幕府直接の仕事が多かったため、そのまま食べる豆腐でさえもむいて食べるほど贅沢な生き方ができる職だと讃えたことばである。信州高遠の守屋貞治という石工、越後舞台郷の太良兵衛という石工の記録を読むとそのような様子が行間に読み取れる。
板につくその道に慣れること。いやがる時は「鼻につく」という。本来は料理人に使うとぴったりくるが、職人全般に使われることば。一人前になるとこう呼ばれる。
一生食える職人技なんてない職人は一生が修行時代といえる。時代に求められるところがあれば、技は時代とともに変化する。毎日が修行と思って職人は生きてゆけということば。
腕によりをかける糸によりをかけると、その糸がさらに強くなるところから、職人の腕によりをかけると普段にまして強い腕になる。自分の技術を最大限に発揮して仕事に取り組む心意気を指したことば。
お尻が覚える座り仕事はまず、先輩に座った位置、高さで目を盗み、尻で覚えることが大切である。
職人は仕事が口をきく最高級のよい品物を製作すれば、多くを語る必要がないということ。
適材適所南側の陽のよくあたる場所で育った木は、南側の材料として用い、北側の寒いところで育った木は北側に用いると建物が永く持ったためにできたことば。
手塩にかける弟子を大切にして育てることをいう。食べる人のことを思いながら握るおにぎりが語源。自分の手で塩加減をつけたものを食べさせるようにこまかく面倒をみながら人を育てることをいうことわざである。そのように育てられる人は親方そっくりに育つものである。大切にするといっても考えることを教えるのであるから、きびしいのである。塩は人が生きるのになくてはならないもので、昔は人が集まるとき自由にその味付けの塩を取ることができるように食膳に置いていたことから小さい皿のことを「てしお皿」つまり手塩皿という。必要なことをきちんと教えた師匠が世間に弟子を紹介する時に使うことば。
身から出た錆職人の道具のうちで、鉄でつくられたものは錆が出てしまうので常に研いでおかなければならない。研ぐためには砥石も必要になるものである。道具と砥石、常々の心がけが必要なことをいうことばである。
物を盗むな仕事は盗め物を盗むとドロボウになるが、技を見て、触って盗むのはドロボウにならない。
参考文献 「日本の職人ことわざ事典」(「工業調査会」発行) |